INTRODUCTION

ベラスケス、ルーベンス、ゴヤ、エル・グレコ、ティツイアーノ、ボス…
時を越えて輝き続ける世界屈指の美の殿堂へようこそ
ピカソやダリも夢に見たプラド美術館
王家が慈しんだコレクションが初めて銀幕の世界へ――
スペインの首都、マドリード。スペイン黄金世紀を後世に伝えるプラド美術館が、2019年11月19日に開館200周年を迎えた。15世紀から19世紀にかけて歴代のスペイン王室が「知識ではなく心で」ひとつひとつ買い集めた美術品は約8700点。膨大な家宝の一部を公開する美の宝庫は、毎年約300万人もの美術愛好家が訪れるヨーロッパ屈指の美術館としてその名を轟かせている。そのプラド美術館に、今回カメラが初密着した。コレクションの中でも注目は、フェリペ4世の寵愛を受け王宮配室長に登り詰めたディエゴ・ベラスケスや、カルロス4世に重用されつつも時代に翻弄されたフランシスコ・デ・ゴヤ、日本でも人気の高いエル・グレコの傑作群だ。カメラは作品に限界まで接写し、天才たちの筆遣いを克明に映し出す。また、奇妙な謎が散りばめられたボスの『快楽の園』、当時は男性中心だった美術界に名乗りを上げた女性芸術家クララ・ペーテルズの静物画など、王室の斬新な審美眼と見聞の広さをミゲル・ファロミール館長やベテラン学芸員が解説する。普段は関係者以外立ち入り禁止エリアにカメラは潜入。収蔵品を保存、修復、研究するスタッフの作業風景や、200周年プロジェクトに参加する建築家ノーマン・フォスター卿の声を通して、プラド美術館の新たな魅力を伝える。
アカデミー俳優のジェレミー・アイアンズが語る
スペイン黄金世紀の美の記憶。
レコンキスタを果たしたイサベル女王が初めての1点を購入した時から、1868年に女王イサベル2世の治世が終わるまで、王室パトネージュは脈々と受け継がれた。圧倒的な経済力を背景に美への情熱を燃やし続けたスペイン王国は、なぜ宮廷画家に意味ありげな肖像画を描かせ、ヨーロッパ全土から絵画を買い付けていたのか。膨大なコレクションを案内し謎に迫るのは、名優ジェレミー・アイアンズだ。『運命の逆転』(90)でアカデミー賞主演男優賞に輝き、歴史物からファンタジー、サスペンスと幅広い作品で活躍する彼が、唯一無二の美の楽園へと誘う。監督は本作で監督デビューを果たしたヴァレリア・パリシ。プラド美術館全面協力のもと、栄光の時が刻まれた美術ドキュメンタリーが今、開幕!

COLLECTION

プラドを代表する三大巨匠と歴史
ディエゴ・ベラスケス
Diego Velázquez
スペイン文化の黄金の世紀に活躍し、バロック美術を代表する巨匠。明暗の処理、光線の表現、遠近法に熟達し、近代外光絵画の先駆者といわれる。1599年、スペイン、セビーリャ出身。幼い頃からフランシスコ・パチェコの工房で学び、18歳でパチェコの娘と結婚。1623年、24歳でフェリペ4世の宮廷画家となる。フランドルの画家ルーベンスの助言を得てイタリアに留学し遠近法や彩色法などを学ぶ。帰国後、レティーロ宮殿「諸国の間」に飾るため『ブレダ開城』『王太子バルタサール・カルロス騎馬像』を製作。画家として活躍するかたわら、28歳で国王の私室取次係に任命。53歳の時には王宮配室長に出世しつつ、その間に『ラス・メニーナス』『織女たち』の2大傑作を製作した。王女マリア・テレサとフランス国王ルイ14世との婚礼準備中に過労で倒れ、1660年8月6日死去。作品はマドリードの王宮にまとめて残されたためスペイン国外に知られることがなかったが、1819年のプラド美術館開館と同時に発見され、名声を得た。
フランシスコ・デ・ゴヤ
Francisco José de Goya y Lucientes
ベラスケスと並び、スペインを代表する画家、版画家。1746年3月30日、スペイン、フエンデトードス出身。13歳の頃、絵を学び始める。63年に修業のためにマドリードに出るが、その後ローマに留学。帰国後に、師事していた宮廷画家フランシスコ・バイユー・スビアスの妹と結婚する。75年、王立タピスリー工場の原画画家として働き始め、89年にはカルロス4世の宮廷画家に抜擢される。病気のため聴力を失うが精力的に活動し『着衣のマハ』『裸のマハ』 をはじめ『カルロス4世とその家族』など多くの傑作を制作。1814年頃には独立戦争を主題にした『5月2日の蜂起』や『5月3日の処刑』なども描く。鋭い洞察力に基づく肖像画・宗教画・風俗画を描く一方、版画の連作『ロス・カプリチョス』などで幻想的な作風も示した。1819年にマドリード郊外の別荘に移り、『黒い絵』シリーズを描いた。1828年4月16日、フランス、ボルドーで死去。
エル・グレコ
El Greco
大胆で、鮮やかな色彩、強烈な光と陰の対比、引き延ばされた独創的な人体表現、ダイナミックな構図が神秘的な高揚感をもたらすといわれる。1541年、ギリシャ、クレア島に生まれる。故郷で後期ビザンティン様式のイコン画家として活動するが、1566年から67年頃にヴェネチアに渡り色彩豊かな絵画制作を学び、70年にはローマでルネサンスとマニエリスム様式や美術理論を学ぶ。76〜77年頃にスペインへ移住。エル・エスコリアル修道院宮殿のために大作『聖マウリティウスの殉教』を手掛けるが、フェリペ2世の庇護は得られなかった。1577年にトレドに移住してから1614年に同地で没するまで、高位聖職者や知識人を中心に顧客を得て、宗教画や肖像画だけでなく神話画や風景画などの作品も残した。エル・グレコとはギリシア人を意味する。本名はドメニコス・テオトコプロス。

CAST&STAFF

キャスト&スタッフ
ナビゲーター ジェレミー・アイアンズ
JEREMY IRONS
イギリス、ワイト島出身。演劇学校卒業後に舞台デビュー。71年にミュージカル「ゴッドスペル」で注目され、演劇やTVで活躍する。映画デビューは80年の『ニジンスキー』。サイコスリラー『戦慄の絆』(86)で双子の兄弟を演じ分け、ニューヨーク映画批評家協会賞の主演男優賞などを受賞。90年の主演作『運命の逆転』でアカデミー賞主演男優賞などを独占した。ディズニーアニメーション『ライオン・キング』(94)や人気シリーズ『ダイ・ハード3』(95)の悪役など、歴史物からファンタジー、サスペンスと幅広い作品で活躍する。現在、SFアクションドラマ「ウォッチメン」がスターチャンネルで放送中。400年間放棄されていたアイルランドの城を修復して暮らすという、歴史とアートを愛する知識人の一面も持つ。
建築家 ノーマン・フォスター卿
LOAD NORMAN FOSTER
プラド美術館200周年記念事業「諸王国の間」のリノベーションを担当。イギリス、マンチェスター出身。市役所勤務を経て、マンチェスター大学で建築・都市設計を学び、イェール大学で建築学の修士号を取得。67年に設計事務所フォスター・アンド・パートナーズを設立。83年、王立英国建築家協会(RIBA)よりゴールド・メダルを授与される。85年、構造をむき出しにした斬新な「香港上海銀行・香港本店ビル」で世界的に注目される。99年にプリツカー賞を受賞。主演作にドキュメンタリー映画『フォスター卿の建築術』(14)がある。16年には東京・六本木ヒルズで日本初の展覧会「フォスター+パートナーズ展:都市と建築のイノベーション」が開催された。
プラド美術館館長 ミゲル・ファロミール
MIGUEL FALOMIR
スペイン、バレンシア出身。1989年にバレンシア大学美術史科を卒業。93年に博士号を取得し、ニューヨーク大学美術研究所に留学する。帰国後はバレンシア大学の教授として迎え入れられ、1997年にプラド美術 館のイタリアとフランスのルネサンス絵画部長になる。様々な展覧会のキュレーターを務め、2015年には保全研究所副所長に任命され、17年3月より現職。
監督、脚本 ヴァレリア・パリシ
VALERIA PARISI
2018年に死去したイタリアを代表する画家で芸術評論家ジッロ・ドロフレスのドキュメンタリー映画「Ultre Dorfles(未)」(18)の脚本家として映画界に入る。本作が長編ドキュメンタリー初監督作となる。